「失踪人」こんな依頼がありました〜Part 9 Vol.⑧

最寄の警察署は国道沿いにあった。

車を来署者用の駐車スペースに停めて私たちは署内に入った。

特に受付はなかったように記憶している。

そういえば、私の事務所の管轄は築地警察だが、築地は必ず受付に立寄り、記名して入っているが、どうやら県警は違うらしい。


※画像はイメージです。実際の警察署とは異なります。

階段で2階に上がるのだが、おばあちゃんにはつらいと思い、実次女とおばあちゃんを1階に残し、私と依頼者の2人で2階にあがった。

「あ。どうも◯◯です。」

担当課の前の廊下にさしかかった時、依頼者が担当官らしき私服警察官に声をかけた。

 

担当官は急いで通り過ぎるところだったが、声をかけた依頼者に気づいて立ち止まった。

「ああ、どうも。」

「その後の事なんですがね。」

依頼者は担当官に言った。

 

「あれからどうなったかと思って、今一度相談に来たんですがね。」

すると担当官が、廊下の隅に置いてある椅子を指差して言った。

「まぁ、話を聞きましょう。」

「ここで?」私は強い口調で言った。

「いくらなんでも、ここで立ち話はないでしょう?」

「え?ああ、そうですね…では1階の部屋で…」

 

担当官は少し気まずそうに廊下を先頭に立って歩き、私たちを案内した。

ふと、依頼者の顔を見て驚いた。

顔を紅潮させている。明らかに怒っているのだ。

「失礼ですよね。」

私は担当官の無礼に怒って当然だと言わんばかりに言った。

が、依頼者は担当官には怒っていなかった。

「担当官を怒らせないで下さいよ!」

「え?」

「今は、一人でも多くの味方が欲しいんですから!」

依頼者は、担当官にきつく言った私に怒っていたのだ。

 

…嘘だろ?…

 

だって、失踪人の被害者家族が担当官に遠慮なんかしてどうする?

何もやってくれない警察に、ある種クレームを付けに来たようなもなのだ。それなのに何でこんなに顔を紅潮させているか、理解に苦しむ。

1階で待っていた実次女とおばあちゃんと合流し、担当官の案内で1階の部屋に入った。

 

部屋に入って各々席についたものの、誰も口火を切る者はいない。

依頼者の態度に腹を立てた私が多くを語らないと決めたからだ。

「それで…?」

口火を切ったのは担当官だった。

「その後は、特に何も進展はないのですよ。」

「そうですか…。」と依頼者。

 

また沈黙が続く。

「あの…」ため息まじりに、やむなく私が口を開いた。

「捜索願が出てるのだし、ほら…状況は聞いていると思うのですが、やはり事件性はないと?」

 

「あなたは?」

「このご家族から捜索の依頼を受けた者です。」

「探偵?」

「まぁ、そんなとこです。」

 

探偵はただの民間人。そんな意識が私にそう言わせたのだろう。

「少し誤解があるようですね…。」

担当官は言って頭をかいた。

すかさず「誤解?」と私は言った。

 

「何が、どう誤解してるというのです?」

「まあ、聞いて下さい。厳密に言うと、捜索願いというものは存在しないのですよ。」

「え?」

一斉に依頼者家族は声を上げた。正確には私も含む、だ。

 

私は担当官が何を言っているのか理解できなかった。

担当官は続ける。

「あれ、“家出人の届出”というもので、決して警察が積極的に捜索します、というものではないのですよ。」

「どういう意味ですか?」

「つまり…警察活動という、いわゆる警察官のルールみたいなものがありまして…。皆さんは警察の民事不介入というのをご存知ですよね。」

「はあ…」

 

「普通は、最初殆どが失踪したとおっしゃって警察に来られる。けれど、そこには殆どご家庭や学校や…そういった悩みなどの問題から失踪される。まぁ、これは失踪ではなくて家出なのですね。けれど遺書があったとか、誘拐犯から連絡があったなどとなると、これは事件です。要するに刑事事件ですね。ここで初めて警察は捜査に乗り出す。」

「つまり?」私はさらに尋ねた。

 

「つまり、」担当官は言う。

「今回のケース。事件性が認められない。そうすると警察は家出人の届出を受理して、あとは警察活動しかできないのですよ。」

「警察活動ってのは、何なんです?」

「警察活動というのは、通報があったら駆け付ける。警ら中に不審人物がいたら職質をする。これが警察活動です。」

「つまり、こういう事ですか?」私は言った。

 

「事件性がない限り…いや、無いかどうかを警察の判断で決めて、ないとすれば、あとは自分から出てくるか、パトロール中に職質して、その人がたまたま捜索願が出ている人だったらばラッキーみたいな?」

 

「ラッキー…と言われると…。」

「だってそうですよね。じゃあ、遺体で見つかっても?」

 

「そうですね…通報があって、遺体が発見されたとなると我々が赴く。これも警察活動になりますね。」

「それじゃ、それから司法解剖して、それでもしも事件性があったら捜査って事をですか?」

「その場合は、そうなりますね。」

…なんて事だ。それじゃ見つかるわけがない。

無論、依頼者家族も同様に驚いていた。

私たちは警察署を出て車に乗った。

とにかく驚いた。

 

“捜索願”は存在しない??

じゃあ、何でみんな捜索願って言ってるのだろう?

鼻から事件性がなければ職質などの単なる警察活動にラッキーを委ねるしかない。

これから失踪する皆さんへのマニュアルです。

“失踪する前に、ちゃんと残そう危険シグナル。残された家族に最後の孝行。”

…アホか…

 

 

~Vol.⑨につづく(2019/05/26頃 掲載予定)~

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