私が疲れていたのも知れない。
だって、タイで1週間調査をやって、帰国してからすぐに日本の現場。
それも、パートナーが初めて組む子で、その彼が初日に遅刻。
やっと来たと思ったら、トンチンカンな動きをする…。
「マジか…。」と思いながらも、彼の行動が理解できない。
すると、彼の車が現れた。
そして、彼が再び現れて車を止めた場所は、何と最初に来た時に停めた橋桁の反対側で対象者宅/会社の目の前。
…一体、何考えてんだ…?
「もしもし。」私は電話をして言った。
「あの…そこじゃなくて…さっき私のいるところの路地に入って来たでしょ?その路地に入ったら、Uターンして…つまり、ここに停めて欲しいわけ。わかります?車の頭をこっちに向けたいだけで。」
「あ。そういう意味なんですね!」
「そう…そういう事。」
T君はやっと理解して私の思惑の場所に車を停めた。
…そういう意味なんですねって、他にどんな意味があるのよ…
そうして私たちはやっと挨拶を交わし、やっと、やっと張り込みを開始する事ができた。
さて。私は彼の車の後部座席に乗り、対象者宅/会社の監視を始めた。T君は運転席。
明るいうちはそうやって見る事ができたけど、暗くなってくると、辺りは街灯と対象者宅/会社の灯りだけになって、流石に車の中からは見え難くなってきた。
やむなく、私は車を降りて、対象者宅/会社が見える位置に立った。
◇ ◇ ◇ ◇
いつでもバイクに乗れるように、ヘルメットをシートの上に置いた。バイクはヤマハのマジェスティー。
ヘルメットが転がり落ちないように、センタースタンドを立てた。
ヘルメットには後付けで、ブルートゥースのイヤフォンマイクを装着している。
これでバイクで尾行中も、T君と電話のやりとりができる。
しばらく監視を続けると、対象者に動きがあった。会社から人がパラパラと出て来て、そのうち対象者本人と思われる男性が自宅玄関に入って行った。
「そろそろですね。」私はT君の運転席のドアをコツコツと叩いて言った。
「いま、対象者が自宅玄関に入ったの見えました?」
「いや、ここからは見えませんでしたが…。」
そりゃ、そうだろ。この暗さで車に乗ったままじゃ見えるわけがない。
T君は、とにかく車から降りない。
これにも私は苛立っていた。
…やる気あるんだろうか?…
いかんいかん…。腹を立てたらいかん。冷静に、冷静に。
外注さんていうのは社員じゃないし、しかも2人しかいないので、あまり険悪な雰囲気にはなりたくないもの。
そう…彼は単なる助手であって、基本的に自分一人だと思えばいい…。そう自分に言い聞かせた。
◇ ◇ ◇ ◇
その時、自宅玄関のドア辺りが明るくなった。ドアが開いたという事だ。逆光ながら人影が見えた。
-本人だ!-
私は目で本人が自宅から出た、という合図をT君にしたが、すぐにはバイクに跨がらなかった。どの車に乗るのかを確認するためだった。
暗くて見え難いが、どうやら本人ともう一人、誰かいる。会社の敷地内に停まっている何台かの車の側で二つの影が動いている。
くそ…どの車だかわかりにくいな…暗くて見えやしない。
かと言って、これ以上近寄るには目立ち過ぎる…
そうしているうちに、パッと車のライトが点いた。
あれだ!たぶん、白い小さな車だ。私は、車が出たという合図をして、バイクの方に走った。
まだ全然間に合う。
そう思ってバイクに乗ろうとしたが、シートの上にあったはずのヘルメットがない。
そんなバカな。
気がつくと、ヘルメットがシートから転げ落ちたのか、地面に転がっていた。
なんて事だ!私はヘルメット拾って被るとバイクのエンジンをかけた。
その時に大変な事に気がついた。何故か分からないが、ヘルメットがシートから落ちた際に、後付けでヘルメットに装着していたブルートゥースのイヤフォンマイクが外れていたのだ。
オーマイガッ!
と、心の中で叫んだ。
何とか装着し直そうとしたが、もう慌ててしまい、うまく装着ができない。そんな事をしているうちに対象者が乗ったと思われる車が前の通りに出て来てしまったようだ。
T君は、と車の方に目をやると動き出してくれている。まぁ、あまり前だけど。
本来なら、私もT君が出ようとしている場所から通りに出て、対象者を追うはずが、これでは間に合わないと思い、反対方向に逆走した。
対象者が出た通りと、橋桁の反対側の路地は平行していて、バイクであれば途中から合流できる。
平行してバイクを走らせ、右側を見ると、おそらく対象者が乗っているだろう車が見えた。
よし。途中から細い路地に入って、対象車両が走行しているはずの通りに出た。
私は対象車両を視認捕捉したと思っていた。
あの車だ!
アクセルを回し、加速した。
とその時、信じられない事態が…。
◇ ◇ ◇ ◇
何故か、T君の車が途中、右折レーンで停まっているのだ。
え!? 対象車両は直進して行ったはず。けど、T君が右折レーンにいるという事は、あそこを右折?それともUターン?
私が直進したと思った車両は違う車だったのか?
右折しようとしているT君の車の左側にバイクを急停車させ、窓を開けさせた。
「右折?右折したの?Uターンしたの?」
私もパニクった。
「いや…」T君は言った。「曲がりました?ちょっとわからなくて…」
右折したかUターンしたか聞きたいのは私の方だ。しかも、明らかに挙動不審。
私は対象車両が通りに出た時点で、T君はおそらく、すでに最初から対象車両がどの車なのか分かっていなかったと確信した。
そりゃそうだ。車に乗ったままで、あの状況で車を識別できるわけはない。
直進して行った車両が、対象車両であった事に間違いない。
あの時、私はT君が右折レーンにいた事に気がつく直前まで、対象車両を確認していたのが、その先の信号では間違いなく右車線にいた。
その信号の右車線は、右折レーンだった。そう考えて、ある読みをした。
そう。金町駅だ!
私は再びバイクのアクセルを回すと急加速して駅方面に向かった。
走行中、内ポケットのバイブレーションが響きっぱなし。T君が私に電話しているのだ。
けど、ブルートゥースは外れてしまっているから応答はできない。停まって電話に出ている余裕などないから。
対象車両は、おそらく誰かが運転していて、本人は運転していない。
そうなると、急がなければ駅で本人が降りて電車に乗ってしまったら、もう完全に失尾してしまうかも知れない。
果たせるかな。
暫く走って、次の信号を左折すると、まもなく金町駅だ。
と、その信号を左折しようとする白い小型車が見えた。
ビンゴだ。間に合ったぞ!
私も信号が変わるギリギリで、ゆっくりと左折する。対象車両は駅のロータリーには入らず、左側に寄せて停車した。
50メートルほど後方で、私はバイクのライトを切り(調査用にライトON.OFFスイッチを付けてある)、歩道に乗り上げて停まった。
助手席側から男性ひとりが降りた。そして、対象車両は、そのまま走り去って行く。
降車したのは間違いなく、対象者本人だ。
対象者は、車を降りた場所にある飲食店ビルに入り、エスカレーターで地下におりると、一人で焼き鳥店に入って行った。
それにしても、私の苛立ちは間もなく頂点に…
~次回につづく(2021/07/04頃 掲載予定)~