なんでこう、こんな現場でバタバタとなるのだろう。
対象者は、単に普通に家を出て、自宅から3キロほどの駅に行っただけの話。
その、たったそれだけの間に私にはどれだけの出来事が起きたというのか。
パートナーは遅刻するわ、そのパートナーがどんくさいとくるわ、ヘルメットが自然に転がるわ、イヤフォンマイクは外れるわ…
挙げ句の果てに、危うく見失いそうになるわで、こんな僅かの間にこんなに不運な事が立て続けに起こるだろう?
…これは、まだ続くか。はたまた、流石に運は向いてくるのか?…
逆に、見失ってから対象者を見つけられたのだから、既に運は向いてきたのかも。
うん。きっとそうだ。
対象者が入った焼鳥屋は、上半分が曇りガラスになってるが、下半分は店内が何となく見える。
本人は入口側の席に着いていて、下半身の服装で本人だとわかる。
しかも、店内で接触者あり。
これは運が良い。でも、これは浮気調査だった。男装趣味の女性でない限り、この相手は男だ。
ポケットのバイブレーションに気がついた。
そうだった。T君の事を思い出して溜息をつく私。
「もしもし。」私は深呼吸して言った。「金町の駅です。」
「駅!?電車ですか!」
「いや…駅前の居酒屋ビルですよ。地下の焼鳥屋に入ってますから、慌てないで良いですよ、ゆっくりで。」
それから10分ほどでT君は来た。
「すみません!」
「いえ…ブルートゥースが外れてしまいましてね、電話出られず申し訳ありません。」
…何で私が謝ってるんだ?…いや、もう面倒くさいので、これで全て終わりにしよう。
居酒屋ビルは縦長のビルで、南東側に1箇所、北西側にメインの出入口が1箇所、主だった出入口はこの2箇所のようだ。
「T君。南東側の小さな出入口…可能性は低いと思うけど、丁度、通りに車を停められるから、そっちをお願いします。わたし、北西側の方…バイクに跨ってます。」
「わかりました。」T君は言って配置に着いた。
あれ…?今度はスムーズに…何事もなく。
運は急上昇。
T君と私は別々の出入口を監視しているとはいえ、建物に面した通りは同じ通り。
なので、向かい合う形でお互いの姿がよく見える。
ただ、私が見ているメインの入口の前には信号がひとつあって、
つまり、私から見れば信号を右折する道があり、これは右に一方通行。左側は駅のロータリーになる。
T君から見れば、この一方通行は信号を左折する事になり、右側が駅のロータリーだ。
これは、のちほど重要。
さて。1〜2時間経ったろうか。依然、本人に動きはない。
いろんな人がこのビルに出入りするが、ふと一人だけ気になる女性がいた。ビルには入らず、正面出入口付近にさっきから立ってるのだ。
待ち合わせかと思ったが、いまだ待ち人現れず、もう20分くらいになる。
歳にして、30代前後。そういえば、対象者の年齢が60代半ばだったから、まぁ、これが相手女性という事はないだろう。
そんな私の推理は簡単に崩れたのだが。。。
突然、対象者本人がビルから出てくると、この女性と合流した。
うそだろ!?
しかも、ちょっとした知り合いという雰囲気ではない。しばらく立ち話をしていたかと思いきや、女は突然泣き始めたのだ。
対象者はというと、俯き泣く女の腰を抱くようにして慰めている。
はっきり言おう。お父さんが娘を慰めている雰囲気ではない。
すると、そのまま女と一緒にビル内に姿を消した。
私はT君に状況を連絡しつつ、本人と女の後を追ってビル内に入った。
焼鳥屋の前に本人と一緒たったと思われる50代くらいの男性がいて、本人に話しかけた。
「社長、会計はしておいたから。それじゃ、私はこれで。」
気を利かしたのか、男性は単身でビルを出て行ったのだ。
果たして本人と女は?2人は、焼鳥屋があるフロアの奥に行き、小さなスナックに入って行った。
もちろん、本人は女の腰を抱いたまま…。
~次回につづく(2021/11/22頃 掲載予定)~