こんな依頼ありました「骨折すると痛い」3

こんな依頼ありました「骨折すると痛い」3

バンコクから帰国して引き続き、仕事があるというのは本当にありがたい。

とはいえ、正直に言おう。せめて、もう1日休みが欲しい。贅沢な話だけど

さて。開始現場は葛飾区金町某所。

外注さんは34歳男性のT君。今回の対象者も車での移動だというのでT君にバイクをお願いしたいところだった。

けどT君。バイクの免許はあるけれど、バイクがない

本当の事を言うと、バンコクから帰国したばかりだったので体はクタクタ。バイクに乗るのは嫌だったけど、どうしてもバイクは必要。

T君がバイクがないという事は、自然、私が乗るという事に

 

今回の依頼は前述したように浮気調査。金町にある会社の社長さん(65歳)が対象者で、依頼者はその奥さん。

会社は自宅兼の建物で、会社の建物の脇に自宅の玄関口がある。

奥さんによれば、仕事が終わると一度は自宅に入るから、外出する時は必ず自宅の玄関口から出るという。そして車は何台かあるうちのどれかに乗るというが、それはその時にならないとわからないとも言った。

 

私がバイクで先に現場に着いた。午後4時スタートだったので、私は午後3時に着いて現場周辺を見てまわった。

割と見通しの良い場所で、張り込み位置の選定に悩んだが、丁度、玄関口の前の大通りを挟んだ場所に、県境に差し掛かる橋桁があり、その橋桁の裏側の路地に車を停めれば、対象者の動きがよく見える。

 

(ここしかないな。)

 

ここなら、対象者が車で出ても、同じ通りに橋桁の下をくぐって出られる。自然に尾行する事ができるだろう

 

私はバイクをその路地に停めて、T君の到着を待った。

T君は車で来ると言っていたので、この橋桁の裏路地に車を停めてもらうために誘導しようと思っていた。

ところが、開始10分前になってもT君は現れない

 

(嘘だろ。)

 

開始時間は基本的に依頼者に指示してもらうので、午後4時スタートと言えば、確かに遅刻ではない。

でも長年この仕事をやっていると、開始時間過ぎに対象者が動くという保証はどこにもないものだ。

開始時間と同時に対象者が動いたり、開始時間前に動いてしまうなんて事はざらにある。

これは私個人の考えではあるけれど、調査員が開始10分前になっても現場に到着しないというのは有り得ない。

 

開始5分前になって、私の携帯電話が鳴った。

電話はT君からだった。

「すみませんT君は言う。「ものすごく渋滞していて、あと30分くらいかかりそうなんです。」

この業界の悪いところだ。電車ならいざ知らず、車で来るのに渋滞なんて事は想定の範囲だろう。

 

電車でも人身事故や車両故障などで遅れる事だってあるのに、ましてや高速道路や一般道など、事故渋滞や工事渋滞なんていうのは当たり前。

普通の会社でもそうだが、例えば9時から就業時間という事は、最低でも9時には仕事が始められる状態でなければならないという事なのだ。

それなのに、特に探偵の仕事というのは前述したように対象者がいつ動くかわからないという仕事なのだから。

以前から不思議に思っていたのだけど、私の知っている探偵の殆どが、現場にギリギリに来る人が多い。私には理解のできない事だ。

 

「わかりました。とにかく気をつけて来て下さい。」

そう言うしかないだろう。

そうは言ったが、開始時間の5分前、10分前の議論ではなく、30分も遅れるというのだから、これはアテにはできない。

でも、私がバイクだから、とりあえずは追う事はできる。問題は、バイクと雖も近年の交通ルールが大敵で、対象者が車で移動して、その後に徒歩で動かれるとバイクを置き捨てなければならないから駐車違反を切られるという心配が頭をよぎった。

これはお客様には関係のない話。

罰金は覚悟だな

そうはならなかった。対象者はT君が現場に到着するまで動かなかったから。

 

しばらくして、T君から再び連絡があった。

「いま到着しました。どこにいますか?」

私がふと橋桁の反対側の通りを見た。つまり、対象者宅/会社の前に面する公道だが、その路肩に一台の車両がハザードを点灯させて停車している。

この車両がT君だった。到着して、どこに私がいるのかがわからないとはいえ、この見通しの良い場所で、対象建物の目の前に停めているのだから頭の痛い調査員だと思った。

「そこから少しバックして下さい。」私はT君を監視位置に誘導した。「そうして、橋桁の下をくぐって、反対側に来てもらえますか?それで、私の姿見えます?」

「はい。あ、そこですね。見えます。いまそちらに行きます。」

「はい。それでね。こっちに入ったら、右折して橋桁沿いの路地に行って、Uターンして車両の頭を橋桁の、いまからT君が入って来た方向に頭を向けて停めてもらえますか。」

「はい。」T君は車両で橋桁をくぐり、私がいる方に入って来た。

「こっちに頭を向ければね。」私は続けた。「対象が車で出ても、すぐに橋桁をくぐって前の通りに出られるでしょ。」

「はい。わかりました。」

T君の車両は、そう言って橋桁沿いの路地に入った。

 

(良かった。間に合った。これで、ここに停めてもらえば車内で張り込みもできるし、動いてもすぐに追える

 

ところが、T君の車両、なかなかUターンをしない。

(あれ?どこまで行ってUターンするんだろう?)

そう思っていると、T君の車両はUターンをせずに私の視界から消えて行った

 

 

~次回につづく(2021/05/30頃 掲載予定)~

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