最寄の警察署は国道沿いにあった。
車を来署者用の駐車スペースに停めて私たちは署内に入った。
特に受付はなかったように記憶している。
そういえば、私の事務所の管轄は築地警察だが、築地は必ず受付に立寄り、記名して入っているが、どうやら県警は違うらしい。
※画像はイメージです。実際の警察署とは異なります。
階段で2階に上がるのだが、おばあちゃんにはつらいと思い、実次女とおばあちゃんを1階に残し、私と依頼者の2人で2階にあがった。
「あ。どうも◯◯です。」
担当課の前の廊下にさしかかった時、依頼者が担当官らしき私服警察官に声をかけた。
担当官は急いで通り過ぎるところだったが、声をかけた依頼者に気づいて立ち止まった。
「ああ、どうも。」
「その後の事なんですがね。」
依頼者は担当官に言った。
「あれからどうなったかと思って、今一度相談に来たんですがね。」
すると担当官が、廊下の隅に置いてある椅子を指差して言った。
「まぁ、話を聞きましょう。」
「ここで?」私は強い口調で言った。
「いくらなんでも、ここで立ち話はないでしょう?」
「え?ああ、そうですね…では1階の部屋で…」
担当官は少し気まずそうに廊下を先頭に立って歩き、私たちを案内した。
ふと、依頼者の顔を見て驚いた。
顔を紅潮させている。明らかに怒っているのだ。
「失礼ですよね。」
私は担当官の無礼に怒って当然だと言わんばかりに言った。
が、依頼者は担当官には怒っていなかった。
「担当官を怒らせないで下さいよ!」
「え?」
「今は、一人でも多くの味方が欲しいんですから!」
依頼者は、担当官にきつく言った私に怒っていたのだ。
…嘘だろ?…
だって、失踪人の被害者家族が担当官に遠慮なんかしてどうする?
何もやってくれない警察に、ある種クレームを付けに来たようなもなのだ。それなのに何でこんなに顔を紅潮させているか、理解に苦しむ。
1階で待っていた実次女とおばあちゃんと合流し、担当官の案内で1階の部屋に入った。
部屋に入って各々席についたものの、誰も口火を切る者はいない。
依頼者の態度に腹を立てた私が多くを語らないと決めたからだ。
「それで…?」
口火を切ったのは担当官だった。
「その後は、特に何も進展はないのですよ。」
「そうですか…。」と依頼者。
また沈黙が続く。
「あの…」ため息まじりに、やむなく私が口を開いた。
「捜索願が出てるのだし、ほら…状況は聞いていると思うのですが、やはり事件性はないと?」
「あなたは?」
「このご家族から捜索の依頼を受けた者です。」
「探偵?」
「まぁ、そんなとこです。」
探偵はただの民間人。そんな意識が私にそう言わせたのだろう。
「少し誤解があるようですね…。」
担当官は言って頭をかいた。
すかさず「誤解?」と私は言った。
「何が、どう誤解してるというのです?」
「まあ、聞いて下さい。厳密に言うと、捜索願いというものは存在しないのですよ。」
「え?」
一斉に依頼者家族は声を上げた。正確には私も含む、だ。
私は担当官が何を言っているのか理解できなかった。
担当官は続ける。
「あれ、“家出人の届出”というもので、決して警察が積極的に捜索します、というものではないのですよ。」
「どういう意味ですか?」
「つまり…警察活動という、いわゆる警察官のルールみたいなものがありまして…。皆さんは警察の民事不介入というのをご存知ですよね。」
「はあ…」
「普通は、最初殆どが失踪したとおっしゃって警察に来られる。けれど、そこには殆どご家庭や学校や…そういった悩みなどの問題から失踪される。まぁ、これは失踪ではなくて家出なのですね。けれど遺書があったとか、誘拐犯から連絡があったなどとなると、これは事件です。要するに刑事事件ですね。ここで初めて警察は捜査に乗り出す。」
「つまり?」私はさらに尋ねた。
「つまり、」担当官は言う。
「今回のケース。事件性が認められない。そうすると警察は家出人の届出を受理して、あとは警察活動しかできないのですよ。」
「警察活動ってのは、何なんです?」
「警察活動というのは、通報があったら駆け付ける。警ら中に不審人物がいたら職質をする。これが警察活動です。」
「つまり、こういう事ですか?」私は言った。
「事件性がない限り…いや、無いかどうかを警察の判断で決めて、ないとすれば、あとは自分から出てくるか、パトロール中に職質して、その人がたまたま捜索願が出ている人だったらばラッキーみたいな?」
「ラッキー…と言われると…。」
「だってそうですよね。じゃあ、遺体で見つかっても?」
「そうですね…通報があって、遺体が発見されたとなると我々が赴く。これも警察活動になりますね。」
「それじゃ、それから司法解剖して、それでもしも事件性があったら捜査って事をですか?」
「その場合は、そうなりますね。」
…なんて事だ。それじゃ見つかるわけがない。
無論、依頼者家族も同様に驚いていた。
私たちは警察署を出て車に乗った。
とにかく驚いた。
“捜索願”は存在しない??
じゃあ、何でみんな捜索願って言ってるのだろう?
鼻から事件性がなければ職質などの単なる警察活動にラッキーを委ねるしかない。
これから失踪する皆さんへのマニュアルです。
“失踪する前に、ちゃんと残そう危険シグナル。残された家族に最後の孝行。”
…アホか…
~Vol.⑨につづく(2019/05/26頃 掲載予定)~