その男は埼玉県某市に住んでいた。
熊谷市に近い。つまり、私の住まいからは非常に遠い…
やむなく、当時のスタッフにその男の家を監視させた。
◇ ◇ ◇ ◇
1日か、2日か張込みさせたが、残念ながら姿を捉える事はできなかった。無論、彼女の姿もない。
近所に彼の風評を取材させたが、大した話は聞けなかった。
聞けなかった…というより、そのスタッフが内偵が苦手な調査員だったので仕方のない事で…
正直、私自身は彼が彼女を匿っているなどという話は最初から信じていなかった。それでも依頼者の指示だから、やらないわけにはいかない。
とはいうものの、何も収穫がありませんでした、は通用しない。
◇ ◇ ◇ ◇
私は彼の自宅に電話をかけて、直調する事にした。直調にも種類がある。
本人に探偵である事を告げず、何か別の口実をつけて極秘裏に取材する方法と、探偵である事や調査目的を告げて取材する方法など…
私は後者をとった。何故なら、彼が彼女を匿っているという事は、まず無いと踏んだからだ。
とはいっても、彼が電話に出る事はないかも知れないとも思った。
そうはならなかった。
彼は意外にあっさりと電話口に出たからだ。
電話なので、声で相手を判断するしかないけれど、どこか捻くれている人物のようだった。
声のトーンは低く、無愛想な感じで、どことなく人を小馬鹿にしている風だ。
「随分と会ってないよ。」
彼は言う。
「そういや、何年か前に一度電話があったな…」
◇ ◇ ◇ ◇
「どんな電話ですか?」
「お誘いの電話だよ。」
「お誘い?」
私は“またか。”と、誤解をするように思った。
それは彼女のパート先の社長の発言を思い出したからだ。
「飲みの誘いだよ。」
「飲み?…あ。そうですか…。」
本当に誤解をしていた。
「断ったけどな。」彼は言った。
◇ ◇ ◇ ◇
「なんか、新宿あたりで友達らと飲んでたらしく、今から出てこないか?ってよ。」
「友達?」
「ああ。けど、女友達らみたいでさ。何人か女性がいるからって言ってたけど。」
「なんで断ったんですか?」
「なんで?」彼は鼻で笑った。
「ババアばっかりの飲みに行ったって仕方がねぇだろうよ。」
そうは言ったが、彼だって爺いなのに…。
「ああ…そうなんですね。(笑)」
◇ ◇ ◇ ◇
「で、何だったんだ?彼女の行き先なんざ、俺ぁ知らねぇよ。」
「いや…どんな事でも思い当たる事があればと…」
「見つかりっこねぇよ。」
「そう思いますか?」
「ああ、探偵なんかにゃ見つけられねぇだろ。」
「………。」
「弁護士とかじゃねぇとな。弁護士なら見つけられるかも知れねぇけど、探偵なんかじゃ見つけられるわけがねぇ。」
何とも小馬鹿にしたような口調で彼はそう言い放った。
◇ ◇ ◇ ◇
そんなやりとりで電話をきって、彼との話を依頼者である夫に報告した。
「弁護士でないと見つけられない?」依頼者は言った。
「そう、言いましたか?」
「はい。そう言いました。」
「それは、逆に言うと彼は何か知っている、という事かも知れないですね。」
信じられなかった。何でそうなるのか。
“逆に…”の意味がわからない。
どうしても、誰かを容疑者にしたいらしい。
確かなのは、私が容疑者ではない事。
それよりも、どうも目先が変わってしまっているようでならなかった。
当初は“自殺の可能性”を重視していたのだが、今や“駆け落ち”の方向に話が進んでいる。
そうはいっても無理のない事で、依頼者である夫にしても自殺する理由が見つからないし、調査をしている私でさえ、自殺をする明確な理由がわからなかったから。
ただ、やはり忘れてはならないのは、彼女があらゆる私物を置いて失踪したという事だ。
~Vol.⑬につづく(2019/08/18頃 掲載予定)~