「奥さん、生きてるかな…。」私は呟いた。
失踪して2週間以上。なにしろ、免許証、保険証、クレジットカード、銀キャッシュカードetc…全て置いて行っているのだ…。現金だって、依頼者である夫の話じゃ、持っているかも分からない。
自分が、奥さんの立場になって考えてみよう。そう言えば、依頼者は奥さんが甲状腺を患っていたとも言っていた。保険証もなく、医者にだっていけないはずだ。いや、保険証がなくなたって、とりあえず医者には行ける。行けるけど、現金を持っていなければ、それも叶わない。
これには誰かが絡んでいるのか…。奥さんの会社の社長が言っていた事も気になる。男絡みなのか…。
だとすれば、その男が金を持っていれば何をするにも当面は困らないだろう。けど、そうだとしても、そうする意味がわからない。お金は持って行ってもよかろう…。
こんな事をH氏に話ながら、自分にも確認するように呟いていた。
「そろそろ出ますか。」
「え?」
「店を…。」
H氏に言われて気がつけば、さっきまで賑わっていた店も、客は私とH氏だけになっていた。
「いつの間に…。」私は言って
「そうしましょう。」と飲酒の清算をして店を出た。
流石に2月の◯◯市…。とにかく夜は信じられないくらいに寒い。
ホテルに向かって歩きながら、ふと考えずにはいられない…
「こんな寒い中、どこかのホテルにいるんでしょうかね。」H氏は言って、
「明日はどうしますか?」と私の顔色を伺った。
「正直…悩んでますよ。」
「まだ聞き込みしますか?」
「そりゃ、まだ完全に全部聞き込みができたわけじゃないけど、正直な話…」
「正直な話?」
「はい…。」私は言った。
「途方もない…途方もなさすぎる気がします。」
「警察が、せめて防犯カメラだけでも見せてくれると良いですね…。」
「うん。でも、それはもう考えるのをやめましょう。とはいえ、ここに100%来ている事が証明できない以上…、経費もかさむし、いつまでもいるわけにはいかないです。」
「おっしゃる通りで。」
その後は、ホテルに着くまで私たちは黙って歩いた。
しばらく歩くとホテルの入り口看板が見えてきた。
ホテルのロビーに入ると嘘のように暖かい。すでに夜は更けているから、フロントには誰もおらず静まりかえっている。
「残念ですけど…」
私はH氏に言った。
「明日、東京に戻りましょう。」
「…承知しました。それで?」
「僕はね…。もう一度、依頼者のお宅に行って、奥さんの失踪するまでの1ヶ月間の行動の聴き取りをご家族からしてみるつもりです。」
「私に何かできる事があれば言ってください。」
「ありがとうございます。でもHさん、それよりも営業の方、頼みます。会社の売上も心配だし。他の社員の者たちが仕事を取ってくる事は期待できないし…まぁ…彼らは調査しかできませんからね…。」
「わかりました。」
「それから…」私は続けた。
「ダメ元で、依頼者の地元管轄の警察署に依頼者を連れて行ってくるつもりです。」
「あぁ…捜索願を出した…。」
「ええ。依頼者は奥さんが失踪して、2日後くらいに届けを出したと言ってたと思います。それから何の進展もなく2週間以上が過ぎてるわけだから、何とか事件性を認めてもらえないだろうかと…。」
「なるほど…」H氏は言った。
「所持品を殆ど持って行っていないという事もあるし、尋常な状況ではないですものね。そろそろ良い頃合いかも知れませんね。」
私たちは翌日、◯◯市を後にした。この時の唯一の希望は、奥さんが所持品を持たずに失踪してから2週間以上…警察に捜索願を出してから2週間以上…。警察を動かせるかも知れないという事だけだった。
ところがこの後、この「捜索願」が如何に無力であるかという事を思い知らされるとは想像もしていなかった。
~Vol.⑦につづく(2019/04/14頃 掲載予定)~