こんな依頼ありました「 マンハッタンで会いたい」vol.6 ~ 最終章(後編)

こんな依頼ありました「 マンハッタンで会いたい」vol.6 ~ 最終章(後編)

眠れなかった。日本でも地方出張に良く行くが、これといった失敗をした事がない。

この遠いアメリカで、残された時間は数時間程度。正直、諦めても不思議ではない。

 

事実、H君は半ば諦めている様子で、それも無理はない。でも、正直に言おう。私は諦めていなかった。日本でも同じような事があった。

最後まで対象者のキャッチすらできなかったが、最後の最後に対象者をキャッチし、しかも不貞相手と一緒で、ふたりの密会の証拠を撮影する事ができた。

諦める気になれなかったのは、最後の最後まで何が起きるかわかったものじゃないという経験があったからだ。

 

◇    ◇    ◇    ◇

 

荷物をまとめ、ホテルをチェックアウトしてマンダリンホテルに向かった。

午前中のせいか、車での張り込みに、おあつらえ向きの場所が空いていた。

ホテルからの出入りがバッチリ見えるところだ。

 

とはいえ、H君は既に帰国モード。H君は責任感のない男ではないけれど、所詮スタッフであるし、

依頼者にも会った事はないし、今回の状況で、とても浮気の証拠を押さえられるとは思えないのだろう。

今回のニューヨーク出張では、私はアメリカ携帯というのを日本で購入してH君にも渡してあったの
だが、彼はそれも電源を切り旅行カバンに仕舞っている。

私は特に考えていたわけではないけれど、上着のポケットにアメリカ携帯を入れてあった。

「こりゃ終わりですな。」H君は言った。

「この2日間で何も成果が上がらなかったのだから、正直無理でしょう…。」

「まあね…」私は相槌をうって「でも、まあ、まだ飛行機までは時間があるから、

一応ギリギリまではね。それで依頼者も気が済むだろう。」

「そうすね…。」H君は言って、自分の携帯の操作を何気なくしていた。

 

◇    ◇    ◇    ◇

 

その時だった。

「出た!」私は興奮して言った。「出てきたよ、本人!出た!」

ホテルの正面出入口から、対象者である旦那が出て来て、歩きで外出したのだ。

「え!?どうする!?」

「僕が行くよ。」私は言った。」携帯に電話するから、あとで合流しよう!」

この時、運転席にいたのはH君だったから、とりあえず私が徒歩で追うのが当然だ。

私は車を飛び降りて、彼を尾行した。

ニューヨークの街を尾行する。こんな経験、なかなかできないだろう。

対象者が一人で歩いているだけなのに、何故か私は興奮していた。

理由のひとつに、この3日間まともに尾行ができていないからだ。行動調査の案件で、

調査員が全く尾行ができないのは、空があるのに全く飛ばない鳥みたいなものだ。

しばらく歩くと、対象者はスターバックスに入った。

 

◇    ◇    ◇    ◇

 

「あっ!」私は息を呑んだ。

一人でスターバックスに入ったはずの彼が店内で女と一緒にいたからだ。

それも白人ではなく東洋人。東洋人というか、間違いなく日本人だ。

この女が、依頼者の言っていた女であると直感した。

私は適当な場所から、店内の撮影を試みた。

二人は仲睦まじい雰囲気で、とても単なる友人とは思えない様子だった。

その様子を撮影して、H君に電話しなければとアメリカ携帯で電話をかけた。

そして気がついた。彼はアメリカ携帯を旅行カバンに仕舞っているんだった…

なんともはや…何て言っていられない。こうなれば、一人でとことん追うしかない。

しかし、タクシーにでも乗られたらアウトだ。

そうはならなかった。

二人は店を出ると、真っ直ぐマンダリンホテル方面に歩いたからだ。

(間違いない。ホテルに戻るんだ。)

 

◇    ◇    ◇    ◇

 

対象者がホテルを出る時、カバン類は持っておらず、ラフな格好だった。女を見ると、女もカバンを持っておらず、

手に財布だけ持ち、服装も上着を着ずにラフな格好であった。

10月のニューヨーク。朝晩は冷え込むが、この日は午前中とはいえ晴天で、

上着はいらないくらいにポカポカしていたのを憶えている。

私は上着を着ていたが、既に汗ばんでいたくらいだったから。

状況から、女はやはり同じホテルに宿泊していたんだ。だから家からも出てこなかったし、

ホテル内で密会すれば、ホテルから出てくるわけもなく、

何よりも私たちは女の顔がわからないから、女をキャッチできない。

日本人の女性とはいえ、マンダリンホテルには日本人、中国人、韓国人といった東洋人は珍しくない。

顔も分からず特定するのは困難だ。

 

◇    ◇    ◇    ◇

 

何とか正面からのツーショットが欲しいところ。スターバックスの店内での画像はガラス越しなので、

女の顔が然程綺麗には撮れていない。

店を出た時は、少しバラバラに出て来たので、ツーショットとは言えない。

何よりも、この限られたチャンス。

一通りの流れ写真が欲しい。少なくとも、一連の画像が欲しいと思った。

このまま行けば、ホテルまでは一本道。私は人混みを利用して、歩道を歩く二人を追い抜いた。

本来なら、そんな事をしなくても、ホテルの前にはH君が車でいるから、彼に撮影を任せれば良いのだけど、

彼と連絡はできない…アメリカ携帯を仕舞わないよう言えば良かった…。

私はホテルの前に着くと、H君の車の前を通り過ぎた。もう、すぐにでも二人は来てしまう距離なので

H君に説明している暇などなかったからだ。

H君は、車の中でキョロキョロと慌てているが、歩道を多くの人が歩いているで確認はできていないようだ。

二人が歩いている歩道の直線上に私は体の位置を置き、正面から二人のツーショットを狙った。

撮影は成功。

二人は腕を組み、彼女は対象者を見つめて微笑んでいる。

 

◇    ◇    ◇    ◇

 

私は撮影が終わると、今度は歩道から少し外れ、二人がホテルに入る撮影が出来る位置に移動した。

斜め後ろから、二人が腕を組んで歩き、ホテルエントランス方向に向かう。

その一部始終を撮影した。

二人は腕を組みながらホテル内に入って行った。

私は興奮したというより、肩からドサリと何かが落ちた気分がして、その場にしゃがみ込んだ。

それを見てH君が車から降りてきた。

「撮れました?」

「うん。一部始終ね。」

「良かったですな!」H君も喜んだ。「しかし、信じられないね。この土壇場の最後の最後に。」

「うん。」私は立ち上がって言った。「あるんだよ、こういう事が。」

今でもそうだが、この仕事にとって調査員が諦めたら終わりです。

これは、〝あるある〟ではなく、〝教訓〟です。

「諦めない事だね!」とH君。

「アメリカ携帯、仕舞ってたでしょ?」

「いや、あれはね…」H君は頭をかいて言った。

「気がついたら仕舞ってた…ごめん。」

こうして、僅かではあったけれど、何とか依頼者が自分の旦那がニューヨークで女と密会している、

と言った事実は確認できた。

もちろん。依頼者には帰国してから大変感謝されました。

でも、依頼者の皆さん、出来るだけ多くの情報があると助かります。

それと、多少の予算は可能な限りお願いします。

うちは、料金体系は日本でも海外でも変わりません。なので、暗に上乗せするとか、

そういう事は神に誓ってないのですが、予算を余りにも削られると…キツいというよりも、

正直言って、結果に影響しかねません。

とりあえず、〝マンハッタンで会えました(笑)〟

 

 

〜お終い〜

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